2008.4.26〜2008.4.28
北陸路をゆく
気多大社、氣多神社、(二上射水神社)、射水神社、(日枝神社)、(富山縣護國神社)、居多神社、(春日山神社)、(寶徳山稲荷大社)


はじめに

 この年、この時期、暫定税率の問題でこの国は揺れていた。国会はこの問題で紛糾し、この年3月末に暫定税率は期限切れとなり、関係するガソリン価格等が見た目上安くなった。しかし、本件は国会で保守党の強行採決により、以前の状態に引き戻される公算が高くなってきた。その時期は巷の予想では5月1日。
 本件を考慮てゴールデンウイーク前半に、かねてより自家用車での旅行をと考えていた、能登一の宮、気多大社への参拝計画の検討を進めていた。しかし、この年の我社のゴールデンウイークは暦の関係上、4月29日(火)から始まることとなっており、28日が月曜日で飛び石の状態であった。この日会社を休むことができれば、観光客で込み合う前、また燃料代も値上がりする前に旅することができるのだが...。と考えていると、突発の仕事が入り、ゴールデンウイーク前の休日に出勤となった。これ幸いにと、この日出勤した分の代休を4月28日に設定し、ひょんなことからゴールデンウイーク前半に旅することができることとなった。
 旅程は4月26日の夜に出発し、27日は高岡泊、28日夜に帰宅することとし、気多大社、氣多神社、そして既に御朱印はいただいていたのであるが、その際社殿が改装工事中だった射水神社、そして富山に鎮座する日枝神社、富山縣護國神社を巡ろうぐらいのだいぶ適当な計画を立てた。また、氣多神社は、先日石上布津魂神社の宮司様にいただいた、「全國一の宮巡拝のすすめ」という資料によれば神職の方は不在ということであったので、電話にて参拝させていただきたい旨をお伝えしておいた。社務所を訪ねれば、応対してくださるとのことだった。


4月26日

 今回の旅は我が愛車、軽自動車のさくらを使用し、基本的には高速道路は使用しない予定である。適当かついい加減な行程故、到着が遅くなりそうな場合等、使用してしまうことになるかもしれないが。
 カメラ機材等の旅道具を車に積み込みこんだ後、家族と夕食をとり、出発は20:00となった。眠気覚まし兼愚痴聞き係として、助手席には犬のぬいぐるみを座らせた。
 出発時の天候は雨。しかし現地の天候はまずまずの予報。それを信じて走ることにした。国道48号線を山形方面に向かい、21:00少し前山形に入った。13号線を米沢方面へ南下し、南陽で113号線に入る。23:00少し前新潟県に入り、少しして7号線を走ることとなった。このころになると雨も止んでくれたようだ。


4月27日

 ちょうど日が変わった頃、新潟市内に入った。そして長岡をぬけ、柏崎市に入り、初給油を行う。ここまでは大変順調である。また眠気もない。2時過ぎに上越市に入った頃、少々小腹がへってきたので、軽食をとった。ここで作戦を少々変更することにした。暫定的な計画では、仙台から近い神社様から順に巡拝し、能登の気多大社へは翌日参拝させていただこうと考えていた。つまり、富山県の日枝神社を第1番目の目的地として車を走らせていたのであるが、思った以上に順調に走行しており、このままでは早朝に目的地に到達してしまう。そこで、始めに一番遠い能登の気多大社に参拝して、高岡に向かって引き返してくることにした。Naviに目的地を気多大社とセットして走行を開始した。少し走ると、Naviに事故情報が入ってきた。その為誘導経路の見直しが行われ、一部高速道路を使う経路が示された。引き返して迂回するのは嫌なので、素直にNaviの誘導に従うことにした。親不知ICより北陸道に入り、3:30過ぎに富山県に入った。



気多大社

 気多大社の境内前の駐車場に車を停めて、境内に向かって歩きはじめると、早朝だというのに人が多い。ボーイスカウトの歩行訓練のゴールがこの気多大社だったようで、疲れた大人たちと対照的に元気な子供たちの声が響いていた。
 少々早かった為、拝殿や授与所もまだ閉まっていたので、しばしカメラをぶらさげ、境内を散策させていただいた。
 気多大社は海にむかって南向きに鎮座しており、本殿背後には鬱蒼とした「入らずの森」が広がっていた。
 縁結びで有名な神社とのことなので、その関係の絵馬が多くかけられているのも特徴的であろう。
 少しすると授与所と拝殿が開かれた。参拝をさせていただき、授与所に向かい御朱印をお願いすると、8:30から朝のお勤めで神職の方が席を外すので、終了後対応していただけるとのことであった。それまで境内を少し散策させていただくことにした。
 朝のお勤めが終わった頃になると、ゴールデンウイークの為か少々早い時間であったのであるが、参拝客も増え始めたようだ。神門には案内役といってよいであろう、神社の女性が立たれ、参拝の順序を教えて下さったり、神社のお話をお聞かせ下さった。すでに参拝は済ませてしまったのではあるが...。
 この神社さんは、能登では一番大きな神社であるとのことで、年末年始には20〜30万人の参拝客が訪れるとのことだった。
気多大社に到着 気多大社参道 気多大社参道
気多大社に到着

木造の鳥居がまず目に入った。
二の鳥居である。
気多大社参道

木造の2の鳥居からまっすぐな参道が
神門に向かって伸びる。
気多大社参道

神門をくぐり拝殿に向かう。
神門にて参拝順序などを
神社の女性が教えてくれた。
幸せ結びどころ 気多大社拝殿 気多大社拝殿
幸せ結びどころ

参拝の経路としては、拝殿に向かう前に
まず、この幸せ結びところに入る。
気多大社拝殿

拝殿は丁度正方形の形をしている。
寺院建築のような印象を受けた。
気多大社拝殿

拝殿、本殿ともに
重要文化財に指定されている。
入らずの森奥宮遥拝所 屋根は檜皮葺 海に面して鳥居が立つ
入らずの森奥宮遥拝所

本殿背後には入らずの森が広がる。
禁足地であり、奥宮が鎮座する。
屋根は檜皮葺

神門や、拝殿の屋根は檜皮葺である。
神社の女性のお話によれば...
屋根の光るものは貝殻だそうで、
カラス除けだそうだ。
効いているかどうかは...?とのこと。
海に面して鳥居が立つ

二の鳥居から南に少し進むと海岸に出る。
この一の鳥居のすぐ前は海である。


能登の海

 能登半島に入り、気多大社に向かう途中まったく海は見えなかったので、ぜひ能登の海をみておきたいと思った。気多大社は海に向かって鎮座しているので、その方向に車を走らせると、すぐに海に出た。羽咋一の宮海岸である。
 一の鳥居の前にはすぐ海岸が広がっていた。少々荒れていたのか、小生の住む太平洋側の海に比べ荒々しく感じた。
羽咋一の宮海岸 羽咋一の宮海岸にて 羽咋一の宮海岸にて
羽咋一の宮海岸

太平洋に比べ荒々しい感じかした。
羽咋一の宮海岸にて

我が愛車の様子である。
羽咋一の宮海岸にて

ここまでで、この旅の
約半分の距離を走ったことになる。


氣多神社

 能登半島を来た道を引き返す。10:00少し前に富山県に入り、10:30頃氣多神社に到着した。境内に続く石段の前に人がおり、どちらへ?と問われたので、神社さんへと答えると、石段前の駐車場に車を停めるようにとのこと。車を停め境内への石段を上る。この石段の左には氣多大社との社号票石があった。
 石段を上りつめた先に拝殿が建っていた。社殿は木曾義仲、上杉謙信と、2度も兵火にかかりほとんど焼失したとされ、現在の社殿は永禄年間(1558〜1569)頃に再建されたもので、本殿は国の重要文化財に指定されているとのこと。
 拝殿に向かい参拝させていただいてから、境内を歩いてみた。境内には越中国総社あとの伝承地があった。また、本殿の横には、国司として越中に赴任した大伴家持を祀った大伴神社があった。 境内散策後、石段を下り、社務所に向かった。社務所は石段手前の拝殿に向かって左側にある。社務所の引き戸を開け、声をかけると、年配の女性が出てこられ、御朱印帳を持ち奥へ。しばし待つと、年配の男性が御朱印帳を手渡して下さった。どちらからとの問いに仙台からですと答えると、それはそれは遠くから。とのこと。声からすると、先日電話で応対して下さった男性だと思われた。

氣多神社拝殿 越中国総社あとの伝承地
氣多神社拝殿

境内の石段をのぼりきったところに
拝殿が建っている。
大伴神社と氣多神社

しだれ桜ももう葉桜となりつつあった。
しだれざくらの前には大伴神社が鎮座。
大伴神社と氣多神社は並んで建っている。
越中国総社あとの伝承地

この地に越中国総社があったとされる。


二上射水神社

二上射水神社 氣多神社の駐車場に戻り、Naviの行先を二上射水神社にセットした。
 車を走らせること約10分程度で二上射水神社に到着した。この神社は高岡市の二上山南麓に位置しており、明治時代に高岡城本丸に遷座した射水神社の元の鎮座地とのことだ。
 社号票石には越中総社射水神社と記されている。
 拝殿に向かい参拝後、御朱印をいただこと考えたが、社務所や境内に人がおられず、この神社ではいただくことができなかった。


射水神社

 二上射水神社を後にして射水神社に向かった。射水神社は高岡市街の高岡城本丸、現在の古城公園に鎮座している。かつて、白山登山の帰りに、旅の友人小林氏と訪れていたのであるが、その時には社殿の改築工事が行われていたので、ぜひもう一度参拝させていただきたいと考えていたのである。
 以前訪れた際にも難儀したのであるが、公園内(境内)は道幅が狭く、車のすれ違いに大変気を使う。今回は軽自動車であったので、以前よりはいくらかましではあったが...。
 境内に入ると、大変新しい社殿が目についた。まずは拝殿前に進み、参拝させていただいた。その後、新しい社殿の写真を撮影させていただこうと思ったが、この日は自動車のお祓いや、結婚式など、なかなか社殿の前があかず、時間を要することとなってしまった。

射水神社拝殿遠景 射水神社拝殿 射水神社拝殿
射水神社拝殿遠景

この日は御祈祷をうける参拝客が多く、
結婚式も挙げられていた。
射水神社拝殿

以前参拝した時には工事中であった
拝殿であるが大変きれいに完成していた。
射水神社拝殿

拝殿横には授与所がある。


日枝神社

日枝神社 射水神社参拝後時計を見ると、13:00である。まだ時間はあるので、富山市内の神社に巡拝することにした。
 途中、この旅2度目の給油を行い、また、波打ち際を走っていたこともあったので、洗車も行い、富山市街を目指した。
 日枝神社は、富山市のほぼ中心部、大変街中にあった。駐車場に車を停めようとすると、駐車場の係のおばさんに、「神社へお参りですか、ごゆっくり。」と、声をかけられた。どうやら駐車場は有料らしい。帰る時に支払えばよいのだろう。
 この日は日曜日であったのであるが、さほど参拝客は多くなく、のんびりと参拝させていただき、写真も撮影させていただくことができた。また、御朱印も拝殿横の社務所にていただくことができた。
 日枝神社は、山王さんの名で富山市民に親しまれる富山市一番の大社で、佐々氏、前田氏と歴代の城主も深く崇敬し、富山城下の産土神とされてきたとのことである。
 参拝後、駐車場に戻り、駐車代を支払おうと、先ほどの係のおばさんのところへ顔を出すと、神社参拝なのでお代はいらないとのこと。さらに、6月初旬には、大きなお祭り、山王まつりがあるので、ぜひ訪ねてほしいとのお話をいただいた。しかし、小生は仙台から訪ねているという話をすると、今年は無理でも、ぜひ何かの機会にと進めて下さった。最後に、良い旅をと送り出して下さり、なんとなく嬉しい気分になった。



富山縣護國神社

 日枝神社から2〜3分も走ったであろうか、富山縣護國神社に到着した。
 到着して、失敗したと思った。護國神社系列の神社は、大概この連休中は祭事が執り行われている。この神社でも祭事が行われていたようだ。到着した時には既に本日の祭事は終了していたようであるが、境内は何かと慌ただしかった。参拝だけさせていただき、引き上げるつもりであったが、参拝後、社務所に人が詰め、少し余裕ができたようだったので、御朱印をお願いすると、お忙しい中を丁寧に対応して下さった。御朱印帳を見ると、「夢にだに忘れぬ母の涙をばいだきて三途の橋をわたらむ」という歌が書き添えられていた。以前鹿児島の護國神社でも歌を書き添えていただいたことをお話をさせていただいた。御朱印料をお納めしようとすると、とんでもないと言って受け取ってくださらなかった。何かのおり、再度参拝させていただき、御礼させていただきたいと思う。

富山縣護國神社境内にて 富山縣護國神社拝殿
富山縣護國神社境内にて

この日は祭事が行われていたようで
人の行き来が多かった。
富山縣護國神社拝殿

拝殿に向かい、参拝後、
社務所にて御朱印をいただいた。



高岡にて

アイトラム この日は、というよりも次の日に参拝する予定であった神社(能登の気多大社は翌日参拝の予定であったが、参拝順序を今朝方変更した為)も全て参拝してしまった。この日は仮眠はとったものの、ほぼ寝ていない状況でもあったので、無理はせずホテルに戻り早めに休むことにした。明日は復路を運転し、帰仙しなければならない。
 護國神社を後にし、この日の宿泊先、高岡駅前のホテルアルファワン高岡を目指した。途中多少混雑に巻き込まれたが、16:00過ぎにはチェックインすることができた。ホテルは高岡の中心地にある。荷物を部屋に置き、まずは土産物を探しに街に出た。
 高岡駅に向かって歩いていると、路面電車(MLRAV : Manyosen Light Rail Vehicle)アイトラムを見ることができた。乗ってみることまではしなかったが...。
 さて、土産物であるが、駅ビルでほたるいかの沖漬と、白エビの塩辛を選択した。店の人の話では日持ちはするとのことではあったが、一応冷蔵が必要のようだったので、ホテルに戻り、部屋の冷蔵庫に”戦利品”を入れた。
 夕食は高岡駅前の「度々平」ののれんをくぐった。まだ客はおらず、おかみさんが応対してくれた。仙台を旅行したことがあるとの話をしてくれた。いただいたのは、生中2杯、日本酒は、立山を熱燗で2号、勝駒を2号、白エビのさしみ(こぶジメも付けて下さった。)、いかの沖漬、コロッケをいただいた。食べ物、お酒とも大変おいしくいただくことができた。
 この日は少々早いが20時にはホテルに戻った。風呂に入り、汗を流し、ベットに横になるとあっと言う間に眠りに落ちてしまったようだ。


4月28日

 6:00過ぎに目が覚め、うとうととしていると、携帯電話のアラームが鳴り、モーニングコールも鳴った。昨晩酔っ払っていてもこの辺は忘れずにセットしてから寝たらしい。不思議と昨夜の酒も残っていない。窓の外を見ると、たいへんよい天気である。
 1Fの食堂でバイキング形式の朝食をとる。カレーライスまで選ぶことができ、また、おかずの選択肢も広く大変豪華であった。しっかりと腹ごしらえをし、部屋に戻り、出発の準備を始めた。テレビをつけると天気予報がちょうど流れていた。天気はまったくもって問題はないようだ。こちらの天気予報では蜃気楼を見ることができるかどうかの予報もあわせて行われていたのが大変面白く感じた。
 蜃気楼が見える街、魚津はさほど離れていなかったので蜃気楼を見てみたい気がしたが、この日見ることができる確率は10%とのことであったので、立ち寄らないことにした。
 8:00にホテルをチェックアウトし、仙台に向けて走り始める。この日訪れる予定の神社は昨日参拝させていただいていたので、どうしようかと考えた。帰り道に立ち寄ることができる、越後国一の宮居多大社に参拝することにした。Naviに行き先を居多神社をセットし走行し、10:00少し前に新潟県に入る。上越市に入り、Naviが主道を示してくれず、少々奇妙な誘導をしてくれたが、11:30頃に居多神社に到着した。


居多神社

 かつて上越市は越後の国府があった地であり、親鸞がこの地に流されたことから親鸞のゆかりの地となった。また居多神社は、近くに上杉謙信の居城である春日山城があったため、上杉家の厚い庇護をうけ、越後一宮として栄えたとされる。もともとは日本海に面した地にあったとのことであるが、海岸浸食のため、山崩れにあい、明治の時代に、この地に遷座したとのことである。
 居多神社の周辺は公園として大変きれいに整備されており、木々には花が咲き、大変よい時期の参拝となった。
 駐車場から拝殿に向かい、石段を上がると拝殿と、その後ろに現在建築中の新拝殿、新社殿が見えた。今年の6月に完成とのことであった。参拝後、境内の写真を撮っていると、観光ボランティアの男性にお会いし、「古いのも新しいのと一緒に撮ってやってください。」と声をかけられた。
 御朱印は拝殿に向かって左手の社務所にて、お願いした。女性が対応して下さった。

居多大社 居多大社新本殿 新社殿新築の様子
居多大社

鳥居の向こうに拝殿。
居多大社新本殿

現在の拝殿の後方で、
新しい社殿の新築が行われていた。
新社殿新築の様子

完成は2008年6月とのこと。
居多大社拝殿 親鸞聖人像 雁田神社と桜
居多大社拝殿

老朽化し、雨漏りの為、
改築することとなったとのこと。
親鸞聖人像

この地は親鸞聖人ゆかりの地とされている。
雁田神社と桜

居多神社で良縁に恵まれた後、
この神社で子宝を祈願するとよいとのこと。


春日山神社

春日山神社 居多神社から車で走ること約10分で春日山神社に到着した。
 春日山神社は上杉謙信の居城春日山城内に鎮座しており、観光客も多く立ち寄っているようだ。拝殿に向かい参拝後、授与所を訪ねた。御朱印をいただきたかったのであるが、すでに押されたものしかないとのことだったので、こちらではいただかないこととした。


寶徳山稲荷大社

寶徳山稲荷大社 車を走らせていると遠くに大きな社殿が見えてきた。寶徳山稲荷大社の社殿である。寶徳山稲荷大社の歴史は古く、縄文の昔までさかのぼるとされ、増築を繰り返し、現在の大神殿となったらしい。
 駐車場に車を停め、本宮にて参拝後、御朱印をいただこうと思い、授与所を探すが、授与所が見当たらない。拝殿の中を覗きこむと、そこに授与所が併設されているようだ。靴を脱ぎ、拝殿に上がり、その中の授与所にて御朱印をお願いした。
 この日、小生が訪れた時には広い境内にはほとんど参拝客はなかった。これまで参拝させていただいた神社とは異なる、一種独特の雰囲気を感じつつ、この神社を後にした。


帰路


 16:00頃新潟市に入り、113号線を南陽に向けて走っていると、18:00過ぎに山形県に入った。もうここまでくれば迷うこともなく、家に辿り着くことができるであろう。途中この旅での最後の給油をし、山形市内で夕食をとり、自宅への到着は22:10となり、総走行距離は1163.0Kmであった。


最後に

 今回の旅ではかねてより切望していた、能登一の宮、気多大社への参拝が叶った。そして、富山では海の幸を楽しむことができ、また、予定にはなかった越後の一の宮居多神社へも参拝をすることができた。
 かなりの長い間車を運転したのであるが、まったく疲れを感じていない。予定を押し込むことをしなかったので、無理なくマイペースで動くことができたからなのかもしれない。また、運転中に様々なことを考える時間を得た。自分を振り返る時間がなかなかもてない現在(いま)、大変貴重な時間を得ることができたと考えている





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