2007.4.22〜2007.4.23
山籠り(一の宮巡拝記外伝 10)
(金華山黄金山神社)

はじめに

 毎年恒例となっているのであるが、7月には友人と登山することになっている。これまで、立山、富士山、白山と登山してきた。
 しかし、心配なのは小生の体力である。
 今年初めての参拝と、トレーニングの意味も兼ね、金華山に鎮座している、黄金山神社様の参集殿に宿泊(参籠:おこもり)を申し込むことにした。
 電話にて4月22日〜23日で宿泊を申し込むと、この日は他に団体の宿泊予約が入っているとのことであったが、1部屋位は用意できるので大丈夫でしょうとお返事をいただいた。「では22日に伺いますのでよろしくお願いします。」と、電話を切ろうとすると、「22日...?...にお泊りになる? 大丈夫大丈夫。21日じゃなくね...。」とのことで、どうやら1日勘違いされたようだ。小生が申し込んだ日程は日月、普通、土日で宿泊する人が多いであろうに、日月で宿泊を申し込んだので、混乱させてしまったようだ。


4月22日

 朝4:30に起床し、5:00前には家を出発した。途中朝食をとり、8:00少し前に金華山行きの船の出る鮎川港についた。風が大変強い。
 鮎川港で出発する船の時間を確認していると、金華山観光の高速船ホエールの臨時便が8:00に出発するとのことで、それに乗せてもらうことになった。
 団体客を迎えにいくのだそうだ。どうやら、先日の電話で、前の日に宿泊すると神社の方が言っておられた団体客のようだ。
 天候は曇り。なんとかもってくれればよいと思いつつ船にのった。
 船には、10人程度であろうか、島でウォーキングをするというパーティーも同船していた。


金華山黄金山神社

 金華山の港に着き、黄金山神社を目指す。神社様のバスに乗せていただくことも可能であったが、今回の参拝はトレーニングも兼ねているので、歩いて向かうことにした。
 表参道の桜は、5〜6分咲きといったところであろうか、天気がよろしくないのが残念であった。
 護摩祈祷受付所に顔を出し、宿泊の手続きをとる。この神社で参籠を申し込むと、朝一番に御祈祷を行ってくださる。その際お願いする内容等を合わせて記載した。
 宿泊施設である参集殿の社務所に顔を出すと、団体客が出発した直後であった為、部屋の準備がまだ終わっていないとのことで、数分ホールで島の写真等を眺めながら待った。
 拝殿脇にも授与所があるのであるが、閑散期は閉じられていることが多いので、拝殿に向かう石段前の、売店横の授与所を訪ねる。島の外周を回ってくるのにどれくらい時間を要するか聞いておこうと思ったである。
 授与所の女性は、売店のおやじさんと、おばさんとちょうど一緒におられた。細かいことはわからないとのことであったが、雨がふりそうなので雨具だけは準備して行くようにと、皆さんにアドバイスされた。
 護摩祈祷所で聞いてみるとよい、とのお話しもいただいたのであるが、まずは行動してみることにした。
 急な石段を上り、拝殿前に進み、まずは参拝する。今年初めての参拝であったので、少々長く拝殿前に留まった。
 横の授与所を見ると、開いていた。この神社様の名物と言ってよいかどうかはわからないが、木彫りの鹿がおみくじをくわえたものがある。これをひいてみると、大吉。よいスタートがきれそうである。
 この授与所におられた女性にも、ウォーキングの所要時間を尋ねてみたが、やはり細かいところまではご存知ないようであった。
              
桜と舞殿 金華山黄金山神社鳥居 金華山黄金山神社拝殿

と舞殿
売店横の桜は葉桜になりつつある。
天気は今一つ。

金華山黄金山神社鳥居
はじめに鳥居前で会釈。
その後、護摩祈祷受付所へ向かう。

華山黄金山神社拝殿
参拝後、登山を開始した。

登山(ウォーキング)

 この日予定していたコースは、黄金山神社拝殿横の山道から、登山を開始し、金華山頂上の大海つみ神社(おおわだつみじんじゃ:黄金山神社奥宮)に参拝後、島の裏手におり、千畳敷を見学 。その後、島の外周を周り、金華山灯台を見学し、さらに外周を進み、黄金山神社の境内に戻るコースで、島のパンフレットによると、5:30程度かかる計算であった。
 9:15に拝殿前を出発し、山道を登る。途中、船の中で会ったウォーキングのグループと出会い、挨拶をかわしながら追い越し先に進んだ。頂上への到着は10:00となった。雨はまだ落ちていないが、霧が濃くなってきていた。この後、予定のコースを進むか、千畳敷まで行った後引き返すかは、天候により決定することにした。
 頂上の大海つみ神社に参拝し、一息ついていると、先ほどのパーティーが頂上に到着した。行程の話をしたり、写真を撮ったり撮られたりといった一時を過した後、千畳敷を目指し下り道を進んだ。少し下りると、天気は持ち直したように見える。辺りは少し明るいような気がした。普段目にすることのない、草花に目をむけつつ、木々の中を進み千畳敷には11:00前に到着した。
 前回訪れた時は、千畳敷は遠くから眺めただけであったので、今回は近くまで行ってみることにした。
 千畳敷まで下りてみた。大変見事なのであるが、少々心配になってきた。海が荒れてきていることに気付いたからである。空も大変怪しい雰囲気である。先ほど明るく感じたのは、標高の低いところに下りた為に霧が晴れただけのようだ。そうとなれば、長居はまずいので、すぐ出発した。
 とはいえ、まだ天候的に崩れてはいないので、引き返すルートは使わず、予定通り、島の外周を周るルートを選択した。
 千畳敷から、金華山灯台までは、アップダウンはさほどなく、歩くのに辛い道ではない。ペースを維持しつつ、天気を心配しながら歩く。
 金華山灯台が見えてきたころから小雨が降り始めた。雨は降ったり止んだりを繰り返し、灯台についたころには風が強くなっていた。金華山灯台は明治9年に建築された、石造りの灯台である。今もなお、日々金華山沖を照らし続けているとのことである。
 いよいよ本降りになり、 強い雨の中を歩く。雨の中使うことが出来ずに背負っているカメラの機材は錘でしかなかった。途中港の土産物センターで暖を取らせてもらった後、境内への上り坂を上る。雨の中であったので、気付かぬうちにハイペースになっていたようで、かなり足に負荷がかかったようだ。膝から下がいうことをきかなくなっており、何度か立ち止まりながら表参道を進んだ。
              
頂上にて 山道にて

五里霧中...
山道を進むと、霧が深くなってきた。

頂上にて
大海つみ神社に参拝

山道にて
大変落ち着く風景。
酸素をたくさん吸い込んだ気がした。

              
千畳敷 金華山灯台 金華山灯台遠景

千畳敷
波が荒れている。
今後の天気が心配である。

金華山灯台
明治9年に建築された、石造りの灯台である。

金華山灯台遠景
この後雨が強くなった。

境内にて

 境内に戻りると、ちょうど、授与所の前に朝方お話させていただいた女性がおられた。
 「朝はどうも、後ほど遊びに寄らせていただきます。」
 というと、「はい。」とにこやかに、返事をされた。
 参集殿に戻り、ぬれた洋服を着替え、カメラの装備を最低限度のものにし、境内を散策した。
 まず、拝殿に向かい、無事金華山の散策を終えたことを感謝した。
 拝殿脇の授与所を覗く。こちらの神社様の女性もそうなのであるが、神社にお勤めになっているお若い女性は後ろに髪を束ね、その髪に飾りをつけている。この髪飾りは何と呼ばれるものなのであろう。失礼を承知で、聞いてみると、「かもじです。」との答えが返ってきた。どのような字を書くのかを聞いてみたが、そこまでは ご存知ではないようだった。
 石段を下り、土産物屋前の授与所に顔を出す。
 先ほどの女性が少々雑談に付き合って下さった。参拝者もなく、雨が降っていたので、小生の暇つぶしに付き合ってくださったようだ。
 本日の行程の話をすると、この方は、山の頂上までは行ったことがあるが、千畳敷や、灯台までは周られたことはないとのことだった。山に登ったのも、お勤めを終えてからということなので、その時間だと、島の外周を周ることは難しいであろう。
 島を歩いた話から、天気の話になり、そして境内の桜の話など、色々とさせていただいた。
 例の「かもじ」の話になった。この女性も漢字は分からないとのことであったが、知っている範囲で、かつ正確ではないかもしれないという前置きをされた上でお話下さった。確かにこの神社 様ではこの飾りの総称を「かもじ」と呼んでいるが、この飾りは付け髪や、のし等いくつかのパーツに分かれていて、別々に発注しているとのことで、それらを組み合わせた後の総称ではないかもしれないとのこと。さらにちょうど近くにおられた女性の神職の方に聞いて下さった。厳密に言うと正しいかどうかは難しいところであるが、かもじでよいのではないかとのことであった。 確かにのしもついているので、のしでも間違いではないと思うとのことであった。
 ここまで分かれば、インターネット等で調べることは可能であるので、暇な時にでも調べてみることにした。
 話は変り、今日参集殿に宿泊するのは小生だけとのことで、通常だと、夕食は大広間でいただくことになるのであるが、もしかすると自室でとることになるかもしれないとのことであった。
 部屋でビールを飲んでもよいものであろうか。以前宿泊させていただいた時は、特に断りも無く、授与所横の売店でビールを購入して、飲んだ記憶があった。しかし、考えてみれば、参集殿は神社様の一施設である。そこで、失礼を承知で、この女性に、部屋でお酒を飲んでもよいのかを聞いてみた。すると、ぜひどうぞとのこと。昼間歩いて疲れているだろうから、ビールでも飲んでのんびりしてくださいとのことであった。ありがたい。早速売店でビールを調達させていただいた。
 その後、傘をさし、雨の風景を撮影し、参集殿に戻った。

         
雨の境内 灯篭とさくら

雨の境内
傘をさしながら撮影。

灯篭とさくら
拝殿前の灯篭とさくらである。
灯篭は雨にぬれ、周囲は薄暗くなってきた。

風呂と夕食と、贅沢な時間

 参集殿の各部屋には、テレビもラジオもない。実はこれは大変贅沢な時間を過ごせるということである。お茶を飲みながら、持参した司馬遼太郎氏の街道を行くを読みふける。雨音と波の音しか聞こえない。まったく贅沢な時間である。
 17:00になり、風呂の準備が出来たとの声がかかったので、早速大浴場に向かう。汗を流し、広い湯船につかる。宿泊者は小生一人である。広い湯船を独り占めである。ここで晴れていれば太平洋に沈む夕日まで独り占めできたのであるが、そこまで願っては欲張りというものであろうか。
 少々長湯してしまったが、昼間歩いて疲れた体もだいぶほぐれた。(膝から下の筋肉痛までは回復しなかったが...)
 部屋に戻ると、夕食時間まで、15分程となっていた。夕食は大広間でいただくのが参集殿のしきたりであり、以前宿泊させていただいた時もそうであった。声がかかるのを待っていると、失礼しますと、聞き覚えのある声がした。護摩祈祷受付におられる女性の声である。はい、と答え、大広間に移動しようとすると、お食事をお持ちしましたとのこと。授与所の女性が言われていたように、宿泊者が小生一人であるので、自室でいただけることになったらしい。
 食事は、お刺身やホヤ酢、ワカメの酢の物、焼き鮭や、海老フライ等。そして熱燗もついている。大変おいしくいただくことができた。
 夜は就寝時間までの間、ごろ寝しつつ小説を読んだ。また考えごともした。ひさしぶりにのんびりした時間を過ごさせていただいた。(余談ではあるが、昼間購入したビールもしっかりと消費した。)


4月23日

  朝5:45にセットしたアラームが鳴った。直ぐに起き、身支度を整えると、6:15に護摩祈祷を行うので、拝殿へ...という放送が流れたので拝殿に向かうと、神職の方が迎えてくださり、護摩祈祷が執り行われた。


護摩祈祷

 宿泊は小生一人であった為に、神職の方より、○○様の護摩祈祷を執り行いますという言葉と共に、開始された。この為かなり緊張してしまった。
 大祓詞にはじまり、護摩祈祷、そして、舞の奉納等、長い時間にわたり、執り行っていただいた。舞は2人舞いで、そのうちの1名は昨日拝殿前におられた女性が舞っておられた。またその舞は笛、琴、歌に合わせて舞われたのであるが、その琴の演奏は、昨日雑談に付き合って下さった女性が担当されていた。
 ご祈祷も、お願いしたのは後厄のお祓いのみお願いしたつもりであったのであるが、交通安全や、健康、そして金運にいたるまで、様々な項目に対して執り行って下さった。
 そして、最後に玉串をささげるのであるが、先日の山歩きと正座のせいで、足がしびれてしまっており、かなりふらつきながらの玉串をささげることとなってしまった。大変情けない...。
 護摩祈祷終了後、神職の方が、おみ足は大丈夫ですか?と声をかけて下さった。足の指を折られた方もおられたのですよ。というお話をされていた。
 

その後、そして離島

 部屋に戻ると、すぐに朝食が運ばれてきた。
 夕食と同様に、本来であれば大広間に移動して朝食をいただくのであるが...。
 普段朝食はとらないのであるが、旅先ではついつい食べ過ぎてしまう。全て残さずいただいいてしまった。
 曇ってはいるが雨は上がったようだ。拝殿でお参りをし、護摩祈祷受付所や、授与所等、お世話になった御礼を述べながら離島前にカメラをぶら下げ境内を散策した。
 授与所には、昨日雑談に付き合って下さった女性がおられた。今朝のご祈祷の話になり、「琴はいつ練習している のですか?」と尋ねると、お勤めが終わった後、夕方等に行っているとにこやかにお答えになられた。朝早くから神社の仕事もこなし、琴や舞の練習も行いと、なかなか大変な仕事をされていると考えさせられた。
  授与所を出、途中立ち止まりながら表参道の桜を眺めたり、撮影しながら港まで港に向かって歩く。港に着くと、ちょうど土産物センターが開店したところで、土産物の定番のりの佃煮を購入した。これで家への土産の調達は完了した。
 少し待つと、昨日島まで送り届けてくれた高速船ホエールが港に入ってきた。乗組員の方も覚えていてくださり、「雨だったね、ヒルはだいじょうぶだったかな?」と心配してくださった。「山中を歩いていた時は曇りで、外周を歩いていた時に雨になったので大丈夫でした。」というと、「そうかい。」とにこやかに微笑まれた。
 船に乗り込むと、疲れのせいか眠りについていた。気付くと目の前に鮎川港がせまっていた。時化を心配したのであるが、それほどのものではなく、ちょうどゆりかご位のものであったのであろう。短い時間であるが熟睡してしまたようだ。
 鮎川から自宅までは、途中昼食をとった程度で、特に寄り道もせず車を走らせ、自宅に到着したのは、14:00頃となった。帰路、立寄ろうと思えばいろいろななところに立寄ることもできたのであるが、今回はあえてそれをしなかった。
              
離島前に 拝殿にて 表参道のさくら

離島前に
離島前に拝殿に向かう。

拝殿にて
最後にお参りさせていただいた。
無事に山(島)籠もりを終えることができた。

表参道のさくら
雨は落ちていないが、曇り。
天気に恵まれなかったのは残念。


おわりに

 今回は天気には恵まれなかったが、よいトレーニングとなり、体力的に少し自信を持つことができた。しかし、このことよりも、自分の時間を持つことができたことが、なにより貴重なことだったのではないかと考える。歩きながら、また、波の音、雨音を聞きながら、様々なことを考える時間を持つことができた。最近このような時間は意識しないと創出できないということに気付いた。この2日間は本当に贅沢な時間を過ごさせていただいたと思っている。
 最後になるが、
 「かもじ」を調べてみた。「
」と書き、髪を結ったり垂らしたり場合に地毛の足りない部分を補うための添え髪・義髪のことらしい。飾り物自体は「絵元結」と呼ぶとの情報を見つけたが、正しいかどうかは不明である。 また何かの機会に思いだしたら、どこかの神社様で尋ねてみることにしよう。


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