2006.10.26〜2006.10.30
萩へ
(松陰神社)、玉祖神社、(防府天満宮)、とある神社、とある神社近くのとある神社

はじめに

 山口県萩市、一の宮めぐりからすれば関係のない地方かもしれない。しかし行ってみたかった地の一つである。
 萩に直接仙台から移動する手段はないので、日程は10月26日、東京まで移動、27日に羽田から萩石見へ飛行機を用いて移動し、萩泊、28日に防府の一の宮、玉祖神社に参拝した後、尾道、瀬戸内を巡るコース。そして、30日は横浜で午前中から仕事が入っていたので、29日夕方の岡山発羽田便で帰路につく大まかな計画をたてた。
 仕事はかなり切迫している状態であったのであるが、会社には無理を通させていただき、1日の早退け(フレックスの権利を行使しただけと言えばそれまでであるが...)と、1日の休暇をいただき、旅立つこととなった。
 が、ここにきて試練である。旅立つ3日程前に風邪をこじらせ、鼻水、クシャミ...かなりひどい状況...。


10月26日

 この日の昼まで総合感冒薬の世話になり、体調はだいぶ回復した。
 会社で木曜日は、夕方から定例のミーティングが入っているのであるが、欠席させていただき、会社を早めに引き上げ、一旦自宅に戻る。
 18:00、前日深夜、あせってまとめ上げた、カメラの機材や、旅の支度を持ち、家を出た。仙台駅までは重い荷物を引きずりながら徒歩で約15分。仙台駅では尾道、瀬戸内のとある地方でいつも立寄らせていただくお店や神社の皆さんへの土産ものを物色する。尾道や、とある地方の神社さんに訪れるのは数日後であるので、日持ちのよいものという観点から伊達小巻を選択した。(だんだん土産物も持ち出し尽くした感がある...。)
 東京までの東北新幹線は、インターネットから予約してあったので指定券を受け取るだけであったのであるが、夕方であるからか、発券機は込み合っていた。ちなみに東京往復の旅費は、旅のついでか、出張のついでか微妙なところであるが、期日はともかく出張には違いないのでこの区間は会社持ち...。
 時間にかなり余裕があったので、焦ることもない、のんびりと世のサラリーマンの様子を観察しながら待つ。ふと右手親指の爪を見ると割れているのに気付いた。これはなんとかしなければならない。
 前述のように今回の旅は一部出張も兼ねているのではあるが、当面仕事のことは忘れることにし、その境界線を引くために、飲みなれた発泡酒”ぐびなま”と、つまみ、そして”爪切り”を買い込み、新幹線(居酒屋)こまちに乗り込んだ。居酒屋こまちの中では、発泡酒を片手に萩での作戦を概略地図を見ながらたてた。
 この日の宿は、羽田空港近くの東横イン羽田大鳥居本館。京急空港線沿いの便のよいところに建っている。品川から京急線に乗り継ぎ、ホテルに到着したのは、22:00少し前であった。
 チェックインを済ませ、腹ごしらえに近くのラーメン屋"8"に入る。味は...。
 この日はモーニングコールを4:30にセットし寝ることにした。


10月27日

羽田空港で夜明けを迎える。 
4:30に起床。体調はほぼ復調したといってよいであろう。助かった。
 4:55にチェックアウトした。東横イン羽田大鳥居は、朝5:00から10分間隔で羽田空港までの無料送迎バスを運行してくれている。5:00発のバスに乗り込むと、15分程度で羽田空港第2ターミナル(今回お世話になるANAは第2ターミナル)に到着した。搭乗手続きは5:40からとのことで、25分ほど空港内をぶらついて見たが、早すぎて開いている店もなく、特に面白いものも発見できなかった。5:40チェックイン手続きをし、手荷物検査を受け、待合ロビーに移動した。その足で直ぐラウンジに向かう。朝っぱらから生ビールに手を出してしまう。萩に到着する頃にはさめているであろう、たまにはこのような旅も許していただきたい。この段階ではまだ出張ではなく旅行なのである。しかし、この日は酔っ払うわけにはいかないので1パイのみにした。そんなこんなしていると、日の出の時間となり、陽が昇り始めた。東京地方は雲は出ているが晴れのようだ。天気予報では萩、中国地方も問題なさそうだ。
 ANA575萩石見行きは少々送れて飛び立った。到着もその遅れを取り戻すことはできず少々遅れた。着陸時、鼻づまりの為、それが神経を圧迫したらしく目の奥が相当痛んだが、過去に出張が多かったころよく見舞われた現象なので、その痛みのひかせかたも心得たもので、直ぐ回復した。
 萩石見空港から萩市内まではかなりの距離があり、直通のリムジンバスを使用する予定であった。しかし手荷物を受け取る際、発車時間ぎりぎりであったので、グランドの係員の女性にその旨を話すと、手をまわし手下さり、バスを待たせておいて下さった。大変感謝である。
 バスに揺られること1時間10分、よい天気の中バスはのんびり走った。萩バスセンターまで乗車するつもりであったが、東萩駅にも停車するという。予定では萩バスセンターから東萩駅まで移動する予定だったので、東萩駅で下車した。
 下車するとすぐそこにレンタサイクルのレインボーサイクルがあった。すぐにその店の親父さん声をかけてきた。もともと自転車を借りて萩観光を考えていたので、そのお店にお世話になることにした。大きな荷物(トランク)も無料で預かって下さった。
 早速自転車をこぎ、松陰神社に向かった。


松陰神社

 自転車を10分もこいだであろうか、10:10頃に松陰神社に到着した。
 松陰神社につくと、丁度神事が始まった。この日10月27日は吉田松陰先生の命日である。吉田松陰先生は萩に暮らす人々にとっては大変大事な存在なのであろう、だれに聞いてもこの日が吉田松陰先生の命日であることを認識している。神事の最中、観光バスが何台も到着し、多くの観光客が訪れたが、まったくもって無関心。かれらにとっては松陰神社は観光地の中のOne of themでしかないのがよく分かった。
 御朱印は授与所におられたお若い女性が大変丁寧に対応して下さった。この地方のお話や、吉田松陰先生のお話などをお聞かせ下さった。お忙しい日であったのに対応して下さり、ありがとうございました。
 松陰神社の境内には松下村塾があり、ここから日本を変えた男達が吉田松陰先生のもと、育っていったのかと思うと大変感慨深いものがあった。
                             
松陰神社 神事にて 社務所にて 松下村塾

松陰神社
鳥居をくぐり、一番奥に松陰神社拝殿が建つ。

神事にて
本日は吉田松陰先生の命日である。
社務所にて
御朱印をいただく
きれいな文字で「はぎ」と
書き添えて下さった。
松下村塾
この地から日本を変えた男達が巣立った。


萩市内散策(サイクリング)

 松陰神社を後にし、吉田松陰先生の誕生の地を訪ねた。この地は小高い山の見晴らしのよいところにあり、そこからは萩市内を見渡すことができた。松陰先生が今のこの時代に生まれていたらこの世の中をどのように考えたろうか。この地に隣接して、松陰先生や、高杉晋作達の墓所がある。松陰先生のお墓には命日ということもあり、お参りに訪れる人も多く、小生も墓所でしばし手を合わさせさせていただいた。
 その後、市内城下町に向け坂を下っていると自転車の前ブレーキのワイヤーが突然切れた。スピードが出ていたので少々焦ったがなんとか無事止まることができた。その足で東萩駅前のレインボーサイクルに戻り自転車を取り替えていただいた。
 その後、高杉晋作の誕生地や、春日神社、萩城へと散策を続けた。
 萩城にあった土産物やで、夏みかんジュースを飲みながら一服する。暇だったらしく、店のおばさんが色々と雑談に付き合って下さった。萩市民は昔は会津の人間を少なからずよくは思っていなかったとのこと。現在では交流を図るべくサミットが開かれたりする等、だいぶ改善してきたことなどをお聞きすることができた。
 萩城は毛利家の城である。場内へは石の橋を渡り、受付で入場券を購入して入る。受付のおばちゃんに、どちらから見えられましたか?と問われたので、仙台からですと答えると、それはそれはと、地図を下さり、その地図に、萩の城下町の面影を残すポイントに印をつけて教えて下さった。
 自転車はどうしたらよいのだろう。と考えていると、そのまま入って下さっていいですよ。とのこと。馬なら格好よかったであろうと思いながら自転車で萩城内に入城してしまった。
 城は残っておらず、石垣とその石垣の中には、毛利家代々を祀った志都岐神社が鎮座していた。場内は広場のようになっており、遠足であろうか小学生達が駆け回って遊んでいた。
 萩場内を観光後、萩城のおばちゃんに教えていただいた、藍場川界隈を訪ねてみた。川は大変澄んでおり、鯉等の魚が悠々と泳いでいた。おばちゃんが言ったように城下町の風情を感じることが出来た。
 15:00少々早いが東萩駅に戻り、自転車を返却し、萩駅前の萩観光おみやげプラザビルのあらせさんを訪ねた。お菓子類は夏みかんを用いたもの等、案外品数が豊富である。海産物も含め土産物の品数も多いような気がする。
 家や会社への土産物に加え、自分用に記念に萩焼のぐい飲みをひとつ購入した。案外の量になったので、送付いただくことにした。
 ホテルは東萩駅から5分程度の所に建つオレンジさんである。少々建物は古いが、フロントの方の対応は非常に丁寧で気に入ってしまった。
 自転車移動で少々疲れたので、テレビをみながら少し休み、17:00頃、萩の街へ出かけた。散策をしながらこの晩お世話になる店を探し、18:00頃、しえあさんの扉を開いた。
 お店は年配のおばさんがきりもりされていた。
 がらえびの刺身、牛すじの煮込み、バイ貝のガーリック炒めを地酒をいただきながら楽しむことができた。
             
松陰先生の誕生の地より 萩城下町散策 萩城址

松陰先生の誕生の地より
萩市内を見下ろす。
大変よい天気である。

萩城下町散策
自転車をこぎ、萩の城下町を散策。

萩城址
萩城址に着く。
なんと自転車で入城してしまった。

             
志都岐神社 藍場川界隈 萩の夜

志都岐神社
毛利
家代々を祀っている。

藍場川界隈
城下町の面影が残る。
川には鯉や小魚が泳いでいる。

萩の夜
写真は、がらえびの刺身と
バイ貝のガーリック炒め。
そして地酒。


 この日は朝が早かったので、あまり無理はせず、早めに切り上げホテルに戻った。
 意識のあるうちにと思い、尾道の友人に電話を入れた。明日の夜はお酒を付き合って下さることになった。 
 天気が大変よく、一日中のんびりと自転車をこいで萩市内を散策することができた。大変リフレッシュすることができた。
 朝早くから活動し、よく動いた疲れから横になると直ぐに眠りに落ちてしまっていた。


10月28日

 6:45に起床した。いつセットしたのか分からないがモーニングコール、携帯電話のアラーム、部屋にあった目覚まし時計の順に5分間隔で鳴動した。
 本日の天候も晴れ。朝食をいただきに食堂に向かう。朝食は和食を申し込んでおいた。一夜干し、につけ、生玉子、味噌汁等、大変おいしくいただいた。
 7:45チェックアウトし、防府へのバスに乗るために萩バスセンターに向かおうとすると、フロントの方がオレンジジュースを1本下さった。ホテルの名前オレンジにかけているとのこと。ちょっとした心遣いが嬉しかった。
 ホテルからよい天気の中を荷物をガラガラと引きずりながら10分程度歩いたであろうか、萩市の中心部の萩バスセンターに到着した。乗る予定のバスは広島行きで8:40、出発までまで少々時間がある。券売機で、防府駅までの切符を購入した後、ホテルのフロントでいただいたオレンジジュースを飲みながら出発の時間を待つ。
 バスは空いており、2座席をゆったり占有することができた。道路の看板を見ると防府までは萩から60Kmと表示されていたが、バスのルートは直線ではないらしく、道は空いていたのであるが、1時間以上かかった。


玉祖神社

 防府駅で撮影機材と御朱印帳以外の荷物はコインロッカーに入れ、玉祖神社に向かった。
 玉祖神社は、防府駅の北西の佐波川を渡った場所に鎮座している、中心街からは少々離れている。境内には参拝されている1方の女性がおられただけで、ひっそりとしていた。
 境内では天孫降臨と共に来た鶏とされ、”長鳴きどり”とも云われる天然記念物の黒柏が飼育されていた。残念ながら長鳴きの声を聞くことはできなかったが...。
 参拝後散策させていただき、御朱印をいただこうと神職の方を探したが、居られないようだ。地元の方に宮司様のお宅を訪ねると、すぐに場所を教えて下さった。
 宮司様のお宅を訪ねると、今日は出かけているとのことで、宮司様の奥様が御朱印の対応をして下さった。
             
玉祖神社参道 玉祖神社拝殿 黒柏

玉祖神社参道
石鳥居から、楼門、拝殿へ真っ直ぐ
参道が延びる。

玉祖神社拝殿
 

黒柏
”長鳴きどり”とも云われる。


防府天満宮

 玉祖神社から防府天満宮は地図上、真東、防府駅から北北東の位置に鎮座している。歩けばそれなりに距離がある。玉祖神社を後にし、佐波川にかかる大崎橋を渡り、東に向かって歩いた。もうすぐ11月であるというのに大変暖かく(暑く?)、歩いていると汗が噴出してくる。向かい側の車線をタクシーが通り過ぎた。こちらの車線であれば、手を挙げているのに...と思っていると、そのタクシーがUターンして戻ってきてくれた。汗を拭き拭き歩いている姿を見て、戻ってきて下さったのだそうだ。タクシーとは楽なもので、10分程度で防府天満宮に到着してしまった。
 防府天満宮では丁度結婚式が始まるところで、拝殿前は参列者で込み合っていたが、参拝を済ませて授与所を訪ねると参拝客はだれも居らず、すぐに御朱印をいただくことができた。待っている間、防府駅前に日本三天神と書かれていたのを思い出し、その件をお聞きすると、三天神とは、太宰府天満宮、北野天満宮、そしてこの防府天満宮を指し、太宰府天満宮は菅原道真公を祀る神社であること、北野天満宮は雷様となった道真公の怒りを静めるためお祀りした神社であること、そしてこの防府天満宮は最古の天満宮であることをお聞きすることができた。
             
防府天満宮楼門 防府天満宮拝殿 防府天満宮参道

防府天満宮楼門
朱色の楼門が青空に映える。

防府天満宮拝殿
結婚式で賑わっていた。
人がひけたところを見はからい撮影。

防府天満宮参道
帰り際振り返るとなぜか撮影したくなった。
この日も天気大変がよかった。


尾道へ

 防府駅への到着は12:40。まだ一日の半分しか過ぎていないのにかなりの疲れが出ていた。病み上がりでまだ本調子ではなかったのであろうか。在来線で尾道へ向かうつもりであったが、徳山で在来線から新幹線に乗り継ぎ移動することにした。
 徳山駅では乗り継ぎに少々時間があったので、ここで昼食とも考えたが、この日の夜は暖談さんでお好み焼き、そして尾道の友人と飲むことを考えると、この時点でお腹を膨らませるのも如何なものかと考えているうちに岡山行きのこだまの入線時間が近づいてきてしまった。
 夜飲むのだからと頭で考えていても、つい、キオスクで、淡麗、そしてつまみ(カワハギ、フグカマボコ)を購入してしまっている自分の意志の弱さにもこまったものだ。
 こだま自由席は大変空いていた。2列2列で余裕があり、大変快適である。淡麗を飲み、転寝をしていると、あっという間にに新尾道に到着してしまった。駅を出、本日のホテルまでタクシーを使おうかとも考えたが、時間もあるのでバスで移動することにした。尾道駅経由の因島行きは5分ほどまつとすぐターミナルに入ってきた。バスで尾道駅まで移動し、尾道駅近くの、今日の塒となるホテルアルファワンにチェックインした。
 荷物を置き、すぐに尾道の街に出た。海沿いではあかり祭りの準備が行われていた。夕方暗くなる頃、並べられたぼんぼりに日が灯るそうだ。準備の様子を眺めながら暖談さんに向かった。
 暖談さんでは、いつものように世間話をしながら、お好み焼きをいただきながらビールをいただいていると、尾道の友人がやってきた。お酒を焼酎に替え、楽しく飲んだ。暖談の女将さんには今度は来年2月頃伺うことを告げ、千秋さんとさらに飲みに出かけた。その後、奥山さん、港屋さんと飲み歩き、楽しい時間を過ごさせてもらった。尾道、そしてこちらの地方はは小生の波長に非常によく合っているようだ。
 この夜はホテルに戻ると、すぐに記憶を失った。


10月29日

 6:15起床、シャワーを浴び、身支度をし、7:00にチェックアウト。7:31新尾道駅よりとある地方を目指した。
 この日は曇り


とある神社

 少々朝早かったせいか、参拝客も少ない。拝殿に向かい、お参りさせていただいた後、授与所に立ち寄り、手土産を渡し、ご挨拶をさせていただいた後、奥宮に向かう。曇りの天気で気温は低めであったのであるが、奥宮に参拝するころには大汗をかいていた。奥宮からこの地方を見渡し、しばし息をつく。少し汗がひいた頃合で、いつもの奥宮の参拝コースとは別のコースで下山してみた。多少急な山道であったが、そのせいか、短時間で下山できた。またこんなところに下りるのかという場所にたどり着いた。
 ここから授与所に向かう途中、観光ボランティアの方にお会いし、汗をぬぐいつつお話をさせていただいた。気さくにお話下さるのが大変嬉しい。
 授与所にて、今年はこれが最後の参拝になるのであるが、お札(ふだ)をどうしようかと相談した。今、来年のお札をいただいていくには少々早すぎるという話になり、来年早い時期に参拝させていただくので、その時に新しいお札をいただくことにした。そして、いつものように雑談。いろいろとたわいのないお話をさせていただいた。この神社様に参拝させていただく理由の一つはここにある。いつもの事ながらこの雑談が大変な精神的リフレッシュに繋がっている。


とある神社近くのとある神社

 この神社様には今回は参拝の予定はなかったのであるが、観光ボランティアの方に、この日とこの日の前日、拝殿と本殿の特別一般公開を行っているという情報をいただいた。時間はたっぷりあったので、参拝することにした。
 行くと多くの参拝客が訪れており、列を作っていた。この神社様の拝殿は大変美しいのであるが、現在改装中で、外からその美しい姿を目にすることはできいが、普段見ることができないその内部をじっくりと見学することができた。
 授与所におられたお若い女性(何度かお会いしている...)に色々状況をお聞きした。にこやかに色々お話下さった。今日が一般公開の最終日であったからか、前日に比べ大変込み合っていたとのこと。2年後工事は完了ということは以前からお聞きしていたので、こちらに訪れた際には立ち寄り、経過を見させていただく旨お話させていただいた。


そして関東へ

 街中に移動し、腹ごしらえ(あまり美味しくは...)をし、空港までのリムジンバスに乗る。空港へは予定よりもかなり早く到着してしまった。チェックイン機に向かうと、羽田行きの1便早い飛行機に切り替えることができた。
 羽田からは、次の日にそなえ、出張先近くまでリムジンバスで移動した。この日のホテルへの到着は18:00少し前であった。


10月30日

 6:45に起床し、出張先に向かい、こちらで業務をこなす。こちらでの用事はこの日1日のみである。 打ち合わせも遅くまではかからず、東京駅から新幹線で仙台に向かい、帰宅したのは、この日の22:00となった。


旅の終わり

 業務に戻る前日、ホテルで今回の旅をのんびり振り返ってみた。天気にも恵まれ、よく動いたし、よく食べた。よい旅となった。この旅のことを思い返すとなかなか寝付かれなかった。次の日からまた現実の世界に戻らなければならないことが大変残念であったが、それは仕方のないことである。日々の生活があるから、旅がよりよいものになるのであろう。
 少し時がたった巡拝記をまとめているこの時でも萩、防府、そして尾道、とある地方で過したのんびりとした時間を思い出すことができる。
 日々ぎっしりとつまったスケジュールに振り回されている小生にとって、この数日は大変貴重な時間となった。

Ps.
 ふと気付いたが、「旅先でどちらからこられましたか?」と尋ねられることが多い。小生は根っからの仙台下町っ子なので、堂々と「仙台からです。」と正直に答える。すると、必ずと言ってよいほど「ぜひ行ってみたいところです...。」という言葉が帰ってくる。
 仙台っ子の小生にとって嬉しいことであるが、果たして小生は仙台の本当の良さを知っているであろうか。そして他の地方の方に仙台の良さを伝えられるであろうか。
 もっと地元のことを学ばなければならないと少し思い始めた。



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