2005.5.20〜2005.5.21
東海の山と島と風と
事任八幡宮、小國神社、(秋葉神社下社)、(秋葉神社上社)、砥鹿神社、砥鹿神社奥宮、(八百富神社)、(岡崎天満宮)、(岩津天神)

 東海地方は仙台からの位置づけを考えると大変中途半端な場所である。便が悪いわけではない。飛行機もANA、JAL共に名古屋までの直通便が飛んでいるし、陸路でも新幹線の乗り継ぎで移動でき、無理をすれば(少々疲れるが)車での移動でも行けないことはない。フェリーで移動するという手段もある。つまりどのような手段を使っても移動できるのだが、お金がかかるか、中途半端に時間がかかる距離なのである。
 遠ければ、割り切って飛行機ともなるのだが...というようなこともあり、また出張も絡めることができず...という状況で、名古屋(一部お参りを済ませている神社もあるが...)、静岡の一の宮への巡拝は先送りにされていた。

 今回はJALのバーゲンフェア(仙台-中部国際空便)を利用して、東海地方の一の宮の巡拝を試みることにした。現地での移動のためにレンタカーも予約した。
 仙台-中部国際空港便は、早い時間から設定があり、帰りの便も遅い時間まで設定があるので、現地での時間は有効に使えそうである。ただ、現在、愛知博覧会が催されているので、その影響は多少なりとも受けることになりそうだ。
 今回の巡拝計画は以下の通り。多少初日が厳しいかとも思うが...ポイントは秋葉神社まで巡拝できるかどうかである。

 2005.5.20
 仙台->中部国際空港->事任八幡宮->小國神社->秋葉神社上社->秋葉神社下社->豊川稲荷->豊川泊

 2005.5.21
 砥鹿神社->砥鹿神社奥宮->八百富神社->岡崎天満宮->岩津天神->知立神社->中部国際空港->仙台

 
 
2005.5.20

 4:50に起床。仙台の天気は晴れ。身支度を済ませ、荷物をフジ丸のトランクに積み込む際に、無理な姿勢で重い機材を積み込もうとして腰に激痛が走るというアクシデントが発生してしまった。不安を抱きつつも、5:20にフジ丸に乗り込み、空港に向かう。途中朝食をとり、なじみの駐車場にフジ丸を預けようとしたのであるが、まだ駐車場が開いていない。空港近くのコンビニで少し時間を潰し6:30過ぎに再度駐車場に向かう。今度は開いていた。聞くと6:30営業開始なのだそうだ。早速フジ丸を預け、仙台空港へ送ってもらう
 チェックインを済ませ、トランクをカウンターに預け、6:50手荷物検査場へ。しかし、手荷物検査場はまだ開いていない。こちらは7:00からのようだ。少々待って検査を受け待合ロビーに入る。ゲートは8番。7:30頃搭乗が開始されたのであるが、ゲート8番といえば、バスでの移動。海外出張で成田に移動した際を思い出してしまった。飛行機はJAL3170便で7:50発、B737-400、席は11Aの窓側。天気が良く揺れることもない、のんびりとした空の旅である。心配なのは腰痛のみである。
 9:15頃、中部国際空港に約10分遅れで到着。現地の天気は曇っていた。空港の印象はまだ新いので綺麗であり、そしてやたらと広い。手荷物受け取り場までかなり歩いた。
 ゲートを出、レンタカー窓口を訪ね、予約をしていた旨申し出ると、レンタカーの店舗までの道順を教えてくれた。広い空港ではあるが、このへんはうまく設計されているらしく、迷うことなくレンタカーの店舗にたどり着くことができた。
 今回はオリックスレンタカーにお世話になる。担当者は大変親切で、周囲のことを色々教えてくれた。また、愛知県は近年道路がめまぐるしく拡張されている為、車両搭載のNaviの地図更新が追いついていないので、実際の道路標識も確認するようにとのアドバイスもしてくれた。
 9:50出発。車両はスズキアルト。Naviは2DINの三洋製で大変使い安いのであるが、レンタカーの担当者から聞いた通り、地図が現状に追いついておらず、空港最寄のICから高速に乗ったのであるが、道のない場所を走っている状況が続いた。ある程度周りを意識しながら補完し、ドライビングしなければならない。途中大府PAで車を停め、第1の目的地として計画を立てた事任八幡宮をNaviにセットした。
 11:40頃掛川ICで一般道に下り、県道38号線、国道1号線と走り、11:50事任八幡宮の駐車場に到着した。事任八幡宮は、道の駅掛川の近くに鎮座しており、入口には看板も設置されていたので迷うことなく到着することができた。


事任八幡宮

 拝殿は南向きに建てられており、石段を上ると直ぐ拝殿前に出る。
 まずはお参りさせていただいた後、カメラを持ってしばし散策した後、授与所を訪ねてみる。開いているのだが、誰もおられないようなので、インターホンを押すと、年配の女性が駆けつけて下さった。この日は宮司様が出払っているということで、この方が御朱印の対応してくださった。聞くとこの方は宮司様の奥様とのことであった。
 この神社の宮司様は誉田(ほんだ)様という。小生が社会人になった時に初めの上司が同じ字を書いて「こんだ」さんという方であったので、「こんだ様とお読みするのですか?」と尋ねると、「この地方では、ほんだと読むのですよ。関西では、こんだと読まれる地方もあるようですが。」とのことで、確かに小生の上司は関西出身であった。苗字の読みにも地域というものがあるということに興味を持った。
 お礼を述べ、授与所を離れようとした時、「小國さんにも行かれますか?」と問われたので、「これから伺おうと考えています。」と答えると、親切に行き方を教えてくださった。

                            
事任八幡宮参道 参道を直進して左手に拝殿 拝殿への石段 宮司様の奥様

事任八幡宮参道

参道を直進すると左手に拝殿

拝殿への石段

宮司様の奥様
御朱印のご対応ありがとうございました。


小國神社

 事任八幡宮の宮司様の奥様に教えていただいた通りの道を進む。掛川バイパスから県道40号線に入り、県道280号線に入ったころには、古代の森小国神社という看板が見え始めたので、迷うことなく小國神社に到着することができた。
 一の鳥居横の駐車場に到着したのは、13:00頃、車を停め、早速参道を拝殿に向かって進む。一の鳥居横にはしょうぶ園があり、後に社務所でいただいた資料によれば、5月下旬開園とあったのであるが、まだこの日は開いてはいなかった。
 参道は鬱蒼とした木々や草花に囲まれており、大変すずしく、拝殿に向かい真っ直ぐ伸びていた。
 拝殿に進み、お参りさせていただいた後、授与所にて御朱印をいただいた。
 のんびりと参道を引き返し、駐車場に到着したのは、13:30頃であった。
                   
小國神社一の鳥居 小國神社参道 小國神社拝殿

小國神社一の鳥居
左手にはしょうぶ園がある。

小國神社参道
木々に囲まれる。
小國神社拝殿


秋葉山本宮秋葉神社へ
 今回の旅では秋葉山本宮秋葉神社の上社、下社両方に参拝したいと考えていた。小國神社からの道順を考えると下社のほうが近い為、Naviに秋葉山本宮秋葉神社下社をセットして駐車場を出た。県道58号線から362号線に入ると、秋葉神社の看板が出はじめ、14:10頃、秋葉山本宮秋葉神社下社の参道前の駐車場に到着した。



秋葉山本宮秋葉神社下社

 参道前の駐車場は神社の駐車場なのか、神社前のキャンプ場の駐車場かは不明であったが、車を停め、参道に足を踏み入れる。参道脇には2,3軒の土産物やが並び、その短い区間を抜けると石段となった。行き先が見えなかった為、長い石段が続くのではという嫌な予感もよぎる。朝痛めた腰も気がかりである...。等と考えていると直ぐに目の前が開け、拝殿が目に入った。
 お参りさせていただいた後、拝殿前の社務所にて御朱印をお願いした。若い男性の神職の方が対応して下さった。この方に境内を撮影させてほしい旨申し出ると、静岡県真道青年会主催の「鎮守の杜」写真コンテストの応募用紙を下さり、ぜひ御参加下さいと勧めて下さった。詳細を見ると、締め切りはまだ先の話であるので、今回の巡拝含め、今後ふさわしい写真が撮影できたならば、参加させていただきますとお答えさせていただいた。
 境内を撮影させていただいた後、授与所を覗くと、天狗伝説で有名な秋葉山らしく、天狗にまつわる授与品を多く見つけることができた。
 社務所や、授与所におられる女性の髪飾りは紅葉となっており、大変綺麗であったのが印象的であった。
 
 小生の主義からいえば「秋葉山山頂の上社へは、歩いてたどり着くべき」なのであるが、この日の朝痛めた腰痛が心配であることと、残された時間を考えると、車で向かうのが現時点での最良の決断であると判断し、御朱印の対応をしていただいた神職の方に上社への道を尋ねた。気田川沿いの道をさかのぼり、天竜川にかかる橋の交差点を右折。所要時間は45分位であると教えて下さった。お礼を述べ、早速上社に向かうことにした。
                            
秋葉神社下社参道 秋葉神社下社石段 秋葉山本宮秋葉神社下社拝殿 髪飾り

秋葉神社下社参道

秋葉神社下社石段
永遠に続くわけではなかった。

秋葉山本宮秋葉神社下社拝殿

髪飾り
紅葉(もみじ)



秋葉山本宮秋葉神社上社

 道は理解したつもりであったのであるが、不安であったので、上社を目的地としてNaviに登録し、走行を開始した。すると数分走ったところで行き止まりとなり、目的地周辺である旨をNaviが告げている。登山道を進んできてしまったらしい。どうやらこのNaviは車道以外の道も経路として探索候補に入れてしてしまうらしい。来た道を引き返し、正しいと思われる川沿いの山道を走った。
 道は狭い連続したコーナーの続く見通しの悪い山道であり、対向車とすれ違うことができず、バックしなければならない場面も発生した。また、先ほど誤った道を走ってしまったこともあり、一本道といえど、不安でならない。途中歩行者と出会う度に、この道で正しいかを確認しつつの走行となった。天竜川にかかった橋が左手に見え、それと交わる交差点が見えたので安心し、右折し、15:20頃、秋葉山本宮秋葉神社上社の駐車場に到着することができた。
 駐車場から鳥居をくぐり、参道を歩くと神門が建築中であった(平成17年完成予定とのこと)。約10分程で拝殿前にたどり着いた。まずはお参りさせていただいた後、拝殿横にある、見晴らしのよい場所から下方に広がる景色をしばし堪能させていただいた。この場所にたどり着いた時には汗をかいていたのであるが、吹き抜ける風が爽やかで大変ここちよかった。
 拝殿から石段を少し下りると授与所があり女性が一人おられた。こちらで授与品の拍子木をいただいた。ここまでどうやって通っているかと聞くと、「自動車で...歩いてはちょっと...」とのことであった。そしてこの女性に帰路を訪ねた。豊川(名古屋)方面に向かいたい旨を話すと、浜松インターから東名高速を使うのが一番早く、浜松インターへは来る途中目印にした橋(雲名橋:うんなばし)を渡り、152号線を南下し、標識に従えば迷うことはないでしょうと由緒書の後ろに印刷された地図を示しながら丁寧に教えて下さった。御朱印はどこで頂けるかを尋ねると、社務所でとのことだったのでお礼を述べ、社務所に向かった。
 社務所にて御朱印をお願いすると、若い神職の方より、「御帳面はお持ちですか?」と尋ねられたので、「はい」と答え、「下社でいただいた御朱印の次にお願いします。」と御朱印帳をお渡しした。御朱印帳を待っていると、年配の神職の方からお声がけいただいた。大きななカメラをぶら下げていたので興味を示されたらしい。この方は学研から発刊された「週刊神社紀行 秋葉神社」の刊の撮影をされたとのことで、その時のお話や、趣味の写真の楽しい、興味深い話をお聞かせいただくことができた。思いもかけず楽しいお話をさせていただき、時間を忘れて話こんでしまった。
 お礼を述べ少し歩き、車に戻った。
 時間と腰の関係で自分の足で上社(秋葉山山頂)に到達できなかったことが、少々残念でならなかった。いつになるかは予定を立てることはできないが、ぜひ再度秋葉山に訪れ、下社にお参りした後、秋葉山山頂を徒歩で目指したいと考えた。紅葉の時期がよいかもしれない。
             
秋葉山本宮秋葉神社上社拝殿 上社からの眺め

秋葉山本宮秋葉神社上社拝殿

上社からの眺め


豊川へ

 先ほど教えていただいた道を浜松インターを目指して車を走らせた。特に迷うこともなく浜松インターに到達した。浜松インターから、高速を使い、豊川インターで下り、豊川稲荷近辺には17:45頃到着した。土産物屋はまだ開いているようであったが、駐車場は17:00までとなっており、明日、再度訪れることにした。ここで少し疑問に思ったことがある。豊川稲荷は神社なのか、寺なのかということである。以前、伏見稲荷の神職の方より、「豊川稲荷は大きいが少し違う」ということをお聞きしたことを思い出したのである。町の作りも寺町のように思えた。
 等と考えながら車を走らせていると、本日宿泊するビジネスホテルウィズTOYOKAWAに到着した。このホテルには、豊川の湯という温泉施設が併設されており、宿泊者は無料で利用することができるという。また朝食も案外手ごろな値段で提供してもらえるので、朝食も注文することにした。
 チェックイン時、フロントの方に豊川稲荷の疑問をぶつけてみた。答えはというと、
 「地元の人間なので、今まで考えてみたことはありませんでした。でもお寺ではないかと...」
 というものであった。謎は深まる。


豊川の夜

 今回は夕食や朝食も全てホテル内で済ませることにした。腰痛が心配であるし、ホテルが幹線道路沿いなので、好みの居酒屋を見つけるのにも手間がかかりそうであったからである。ホテルの1階には居酒屋店舗が入っているのでそこを利用することにした。
 まず、豊川の湯を利用してみた。薬湯や、露天風呂、サウナ等がそろっており、昼間の疲れを癒すには十分な設備であった。腰痛が心配であったのでいつにも増してのんびりと温泉につかった。
 その後ホテル1階の居酒屋に入り、夕食を兼ね、一杯。せっかく愛知県に来ているので、味噌カツや手羽先も注文してみた。いずれもおいしいと思ったのであるが、味噌カツは食べているうちに飽きてきてしまった。この店がこうなのか、味噌カツとはこういうものなのか。
 食後の会計時、女性の店員の方に豊川稲荷の件を問うてみると、「神社?」とのことであった。明日実際に確かめてみるしかないようである。
 部屋に戻ったのは20:10頃、この日は早めに休んでしまうことにした。部屋に備え付けのアラームを6:10にセットしテレビをみているうちに眠りに落ちてしまったようだ。


2005.5.21

 6:10にアラームで目を覚ました。窓の外を見る。今日は一日天気が良さそうだ。
 朝食は7:00からであるので、シャワーを浴び、テレビを見ながら少々時間をつぶしてから朝食に向かった。朝食は夕べお世話になった居酒屋が朝食の場となっていた。生卵や海苔、焼き鮭や納豆等、和食の朝食であった。朝食後、身支度を済ませ、ホテルのチェックアウトは7:45となった。


砥鹿神社

 ホテルの駐車場で砥鹿神社をNaviで検索をかけると、目的の砥鹿神社と、砥鹿神社奥宮の両方とも導き出すことができた。まずは砥鹿神社(里宮)をセットして、出発。Naviの誘導に従って走行すると、約20分で砥鹿神社近辺に到着したのであるが、特に看板もでておらず、何処が砥鹿神社の敷地なのか判らない。Naviを見ながら周辺を走ると小高い杜になっている箇所が見えたので、あたりをつけて移動してみる。すると砥鹿神社の鳥居前に出た。さらに車を走らせると、砥鹿神社西側の参道前の駐車場に到着した。どうやらNaviは、主道だけではなく、裏道も効率よく検索し、砥鹿神社の東側からの進入経路を選択したらしい。(実際西側の経路には砥鹿神社の看板も掲げてあった。)。
 木々に囲まれた西参道を進むと、まだ朝早かったせいか、神職の方総出で境内の清掃を行われていた。出会う方にご挨拶をしながら、拝殿前に進み、まずはお参りさせていただいた後に散策を開始した。8:15頃、この神社ではお勤めが始まるらしい。神職の方が拝殿に移動されはじめた。その際に出会った神職の方に境内を撮影させていただく旨のお断りをいれ、写真をのんびり撮りながら授与所が開くのを待った。
 9:00頃授与所にて御朱印をいただいた。その際、授与所におられた女性に奥宮への所要時間をお聞きすると、「車で移動するのでしたら、本宮山スカイラインを使用して45分位です。」とのことであった。
                  
砥鹿神社参道 砥鹿神社拝殿 神門からの拝殿

砥鹿神社参道

砥鹿神社拝殿

神門からの拝殿

        
お勤めの始まり 御朱印をいただく
お勤めの始まり 御朱印をいただく


砥鹿神社奥宮

 砥鹿神社奥宮は本宮山山頂に鎮座している。お参りするためには、本宮山登山口から登山するか、本宮山スカイライン(有料道路)を用いて山頂に到達するかのどちらかの選択肢となる。先日痛めた腰には未だに鈍痛が残っている状況、そして時間を考慮すると、今回は登山を断念せねばならない(先日の秋葉神社と同様の理由である。)。Naviに砥鹿神社奥宮をセットして出発した。
 15分程走ったころであろうか?、「Naviが目的地周辺です。」と告げた。奥宮へは45分程であると聞いていたので、不思議に思った。そんなに飛ばした訳でもないし、有料道路も走っていない。周囲を見ると、確かに砥鹿神社奥宮の鳥居はあったのであるが、リュックを背負った登山者が多い。どうやら登山道入口に誘導されてしまったようだ。Naviに表示された現在置と、その周辺を確認し、本宮山スカイラインを目指した。
 本宮山スカイラインのゲートを抜け、本宮山頂上の駐車場に到着したのは10:00過ぎ、そこから約15分で砥鹿神社奥宮拝殿前に着いた。
 早速お参りさせていただき、御朱印を授与所でお願いする。拝殿前は狭く、拝殿の真横は授与所となっていた。授与所にはだれもおられなかったので、声をかけてみると、若い神職の方が来られ、この方が対応してくださった。
 この方もカメラが趣味らしく、この山のお話やカメラの話等、色々なお話をさせていただいた。この時期は本宮山では色々な花を楽しむことができるのだそうだ。今は野いちごが白い花をつけているとのことであったので、車に向かう途中のんびりと眺めながら歩いた。参道途中には富士山遥拝所があり、晴れた日にはここから富士山を拝むことができるとのことであったが、この日は霞がかかっており、残念ながら富士山を拝むことはできなかった。
                   
砥鹿神社奥宮の鳥居 砥鹿神社奥宮への石段 砥鹿神社奥宮拝殿

砥鹿神社奥宮の鳥居

砥鹿神社奥宮への石段 砥鹿神社奥宮拝殿


豊川稲荷

 砥鹿神社奥宮を後にして豊川稲荷に向かう。豊川稲荷は先日の夕方に場所は把握していたので、迷うこともなく到着した。近くの駐車場に車を停め、境内に入ると雰囲気は神社ではない。確かに鳥居はあるのであるが...。そこで、中におられた、豊川稲荷関係者に豊川稲荷は寺なのか神社なのかを尋ねてみると、「仏教系のお稲荷さんです。」との答えが返ってきた。地図や、Naviでは豊川稲荷の表示は神社マークとなっているものが多い。寺のマークにすべきでは?と考えてしまった(どうでもよいといえばどうでもよいのであるが...)。


八百富神社

 豊川稲荷を後にして、竹島を目指す。
 竹島は蒲郡の海岸沖に浮かぶ小さな島であり、この島には八百富神社が鎮座している。神社が鎮座している島といえば、小生の地元の金華山を重ね合わせてしまい、ぜひ訪れてみたいと考えていたのである。
 竹島近くの駐車場に車を停め、竹島を目指す。竹島には長い橋を渡って上陸する。
 この日は天気が大変良く暑かったのであるが、竹島は木々に覆われた島であることと、海からの風で大変涼しく感じた。実際、授与所におられた女性のお話では、「木々と、風のおかげで涼しいんですよ。」とお話をされていた。
 お参りさせていただいた後、社務所にて御朱印を頂く。その際「いつもこんなに人が多いのですか?」と尋ねると、「土日は多い時もありますよ。観光バスが付くと多いですね。」とのことで、近くには水族館等もあるので、竹島はこの地域での観光地になっているようだった。
 Ps.
 撮影中、ストロボを落とすというアクシデントに見舞われたが、幸いにも大事にはいたらず。
                   
竹島 八百富神社拝殿 ひだまり

竹島

八百富神社拝殿 ひだまり

 14:00頃、竹島近くの駐車場に戻り次の行動を検討した。知らない土地でもあるし、また、中部国際空港(セントレア)の中を散策してみたい気持ちもあったので、帰路立寄れそうな神社に参拝し、中部国際空港を目指すことにした。


岡崎天満宮

岡崎天満宮拝殿 
竹島から中部国際空港に向かう途中、岡崎市の岡崎天満宮にお参りした。
 岡崎天満宮は、岡崎市街から少々北に向かったところに鎮座しており、近辺の道が大変細く、走行中の道が正しいのか、少々心配しながらのドライブとなった。
 御朱印は宮司様が対応してくださり、天神様の御朱印帳を出してお願いすると、「天満宮の御朱印帳ですね。」とざっと眺められ、その中の1ページをご覧になり、「滝宮天満宮?何処でしたか?」と問われたので、「香川県です。高松から金毘羅さんに向かう途中です。」と答えると、「色々なところをまわられておられますね。」「天満宮の会があるのですよ」と、全国の天満宮のお話をお聞きした。



岩津天満宮

岩津天神拝殿   岡崎天満宮からさらに北に向かい、東名高速を越えた処に、岩津天神(天満宮)が鎮座していた。
 境内は新しく綺麗に整備されており、時期はずれではあったが、沢山の絵馬が掛けられていた。また、石灯籠の脇には沢山のダルマが並べられており、片目のもの、両目のものがあった。両目の入ったものは願いが叶った人のものなのであろう。参拝後、授与所にて御朱印をお願いすると、若い神職の方が対応して下さった。

 時間を見ると15:30そろそろ空港に向かうことにした。
 昨日レンタカーを借りた際の担当者のアドバイスを思いだす。Naviを見ると道のないところを走行している時が多い。看板を頼りになんとか空港付近に到着。敷地内で少々迷い、17:00少し前レンタカーを返却し、空港内に入る。



中部国際空港(セントレア)散策


 まず、名古屋名物の”ういろう”等の土産物を購入し、それらをトランクに押し込み、チェックインカウンターで荷物を預けた後、少しぶらついてみた。噂のセントレアであったが、期待外れであった。土産物に関しては伊丹空港のほうが充実しているように思えるし、また、色々なテナントが入っているのであるが、ステーションデパート程度のものであり、別に空港にこのような施設をこしらえなくてもという印象を持った。また愛知博覧会の影響で人も多く、大変疲れてしまった。
 少々早いのであるが、夕食をとる事にした。昨晩も食していたのであるが、味噌カツをもう一度食しておこうと思った。”ダイニングレストランかめりあ”にてみそカツ膳を注文。しかし、昨晩と同様に、3切れ目で飽きた。醤油やソースも用意してくれればよいのにと考えてしまった(これでは味噌カツにはならないかもしれないが...)。味噌カツとはこういう食べ物なのだと考えるしかなさそうである。

 JAL3175便は少々ゆれたが無事仙台空港に到着。到着後はバスにてゲートまで送られた。フジ丸を駐車場で受け取り、家に到着したのは21:00頃となった。

 今回の旅は、出発の朝に腰を痛めるというアクシデントが起こり、計画の行程がこなせるかが大変心配であったが、知立神社への参拝を除き、ほぼ目的を達成することができた。しかし、秋葉山、本宮山への登山を行うことができなかったのは少々残念である。機会を見つけてぜひチャレンジしたい。
 しかし...これまで海外も含め、様々な場所を旅してきた小生であるが、食に馴染めないかもしれないという感想を持ったのは名古屋が初めてかもしれない。



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